2012年7月30日月曜日

【茶道クラブ】平成24年7月19日

本格的な夏がやってきました。食欲とともに体力も衰える時季ですが、現代はあまりにも食べ物を得ることに間接的になって、食べることについてあまり考えなくなっているかもしれません。しかし一つ自然に身をおいて、食べるものを得ようと狩猟採集などしてみれば、そこは弱肉強食勝者しか存在できない生存競争の世界です。野菜一つ採るのにも、付いた虫を殺し、出た芽を間引くなどして、こんなにも殺生しないと得られないのかと思うほど無数の命が奪われます。食べることは他の生命をいただくということ。そしていつかは自分も何者かに食べられ、形を変えて自然に還る。食物連鎖の上位にあり知識を与えられた人間は、けものと一緒ではいけないとの思いもありますが、この目の前に食べ物として出されたものと自分とはいったいどれだけ違うのか?不変の自然の掟があるということをわすれず、目の前の食べ物を押し頂きたいと思います。


 
主菓子 錦玉 清流
千筋船に糸寒天を煮て流し、その中に大納言、黄と緑の羊羹を細く切ったものを入れて固めて、上に金箔をあしらってあります。羊羹を細く切るなど細かい工程がありますが、千筋といい色合いといい出来上がりはほんとに涼やかです。




 
軸 白雲抱幽石 仁和寺門跡 森諦圓
白雲 幽石を抱く
寒山詩の一句でその大意は 
私は重畳たる岩山の中にわが居を定めた。ここは鳥だけはわずかに通うが、樵夫も足を踏み入れない奥山である。庭先に何があるかといえば、いつも白雲が幽寂な石を抱いているだけである。わたしがここに住むようになってから何年になるかはっきりしないが、季節の移り変わりはしばしば見ている。ここでの生活は物質的には貧しいものであるが、精神的には実に豊かで自由で楽しいものである。その体験から世の富貴栄華に誇る人々にご忠告申し上げたい。あなた方の冨と名声とは空虚で全く無益なものであると。世俗との交渉を断ち、欲情を払拭して深山に幽居する隠者寒山の境涯を髣髴とさせる句で、茶人は隠者ではなくても少なくとも露地草庵は利害・得失・憎愛・毀誉などの世俗の塵埃を払拭した、白雲深い別天地であるべきであるそうです。



ガラスの平茶碗
上田 良樹 作
夏は平茶碗という口が広く浅い茶碗が
薄茶には使われます。ガラス製で涼しげなお茶碗 

銀笹 通次 阿山 作 京焼き
デザインも夏らしくて、とっても
涼を感じます。見た目に涼しいと、自分も涼しくなった感じがします。茶室のあちこちに涼を感じる工夫を見出しました。
         H24.7.19




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